名古屋高等裁判所 昭和27年(う)907号 判決
背任罪の犯人たるためには、他人のために事務を処理する者であることを要し、その事務は、公法上、私法上又は慣習上何らかの特定の任務を負担し、本人との間に信任関係のあることは、所論の通りであつて、本件公訴事実を要約して犯罪の構成に必要な事実のみを摘示して見るに「被告人は、名古屋市水道局から水栓柱五千本の製造を請負い、内二千本を英利和に下請させると同時に被告人が右水道局に対して有する請負代金請求権の内十八万八千円について債権譲渡を為したが、被告人は債権の譲渡人として譲受人英利和が円満に債権の取立ができるように事務を処理する任務を負担していたのに、この任務に背き英より後に前記請負代金請求権を譲受けた株式会社東海銀行蟹江支店に対し、父高阪岩吉の債務の弁済に充当するため、右請負代金を支払わしめ、よつて英利和に損害を与えた」と謂うにあつて、債権の譲渡人は、債権譲渡後、譲受人に対し完全に譲渡ができるように何等かの事務を処理しなければならない信任関係があるかどうかということが問題となつてくる。これと類以した事件として抵当権の二重設定や電話加入権の二重譲渡については、背任罪が成立するという判例がある。本件のような指名債権の譲渡は、民法第四百六十七条所定の通知又は承諾がなければ、債務者その他第三者に対抗することができないもので、これは物権の移転について登記又は引渡がなければ第三者に対抗できないものと類似しており、不動産の二重売買については、横領罪が成立することは判例の示すところである。債権譲渡の対抗要件は物権の対抗要件と異り、譲渡人の協力なくして完全な対抗要件を具備するように手段を構ずること(譲受人の方から債務者に承諾を求めること)もできるが、債権の譲渡人の方から債務者に通知することによつて、対抗要件を具備せしめることもできる、而して債権を譲渡する場合には、当事者間の契約の内容として明示又は黙示の意思表示により、譲受人が円満に債権の取立ができることを前提として居るものと認むべきであるから、債権の譲渡人が譲受人のために債務者に向つて債権譲渡の通知をしたり又は譲渡人自らが債権の取立をしないとかして譲受人が円満に取立てのできるようにする法律上の義務を負担しているものと解すべきである。従つて本件公訴事実は被告人が英利和に請負代金請求権の一部を譲渡した後、父高阪岩吉の債務弁済に充当するため同一債権を東海銀行蟹江支店に譲渡し債務者名古屋市水道局をして右銀行に対し右債権の支払をなさしめて債権の譲渡人としての任務に背いて譲受人である英利和に損害を与えたと謂うにあつて、背任罪の構成要件を充足して居るので何等法令に違反することなく、論旨は理由がない。